おはようございます!ミヤビです(^^)
暖かくなって春の訪れを感じる季節になってきましたね。
会社員の僕は日々、社内外を問わずに色々な世代や考え方の人と触れ合う機会があります。
ふと「愚痴を言う人」について思うことあったので書いてみます。
大前提:愚痴は言わない方が良い
僕個人の考えですが、前提として愚痴は言わない方が良いと考えています。
そもそも、愚痴とは何でしょうね?
お得意の(笑)AI先生に聞いてみます。
「愚痴」とは、**「言っても仕方のないことをくどくどと嘆くこと」**を指す言葉です。漢字の「愚」と「痴」はどちらも「愚かで道理に暗い」という意味を持ち、同じ意味の語を重ねて強調しています。
仏教における「愚痴」
- 仏教用語としての「愚痴」は、サンスクリット語の「モーハ(moha)」に由来し、**「真理に暗く無知な状態」**を意味します。
- 貪欲(むさぼり)・瞋恚(怒り)と並ぶ**「三毒の煩悩」**の一つで、人間の苦悩の根源とされています。
- 「無明(むみょう)」とも呼ばれ、物事の本質を見極められない愚かな心の状態を指します。
日常的な用法
- 建設性のない不平不満:例えば「くどくど愚痴を並べる」「愚痴をこぼす」のように、解決策を求めずに繰り返し不満を口にする行為。
- 本音との違い:愚痴は視野が狭く、聞き手の意見を受け入れない傾向があり、単なる本音の共有とは異なります。
類語と英語表現
- 類語:繰り言(同じ不満の反復)、世迷い言(無意味な不平)、ぼやき。
- 英語:
- 「a grumble」「a complaint」(愚痴)
- 「grumble about」「complain about」(愚痴をこぼす)。
注意点
愚痴は聞き手に負担をかけるため、感謝の意を示すことが推奨されています。
仏教的観点からも、**「ほどほどに」**抑えるべき煩悩とされます。Perplexity の Eliot より
仏教用語なんですね。
僕の思っていた愚痴は、まさに『言っても仕方のないことをくどくどと嘆くこと』です。
なぜ僕が愚痴を言わない方が良いと思うのか?
- 生産性はない
- 聴いている人のリソースを奪う
- ネガティヴな気持ちになる
大きくはこの3つです。
生産性はない
愚痴を言っていても生産性はないと思うし、何かが解決するわけでもないかなぁ、と考えています。
生産性はないですよね?
その愚痴を言っている時間はきっと何かを創造している時間ではないかな、と思います。
聴いている人のリソースを奪う
聴いている人のリソースを奪いますよね。
具体的には時間やメンタルを奪うと思います。
ちょっと飛躍した話かもしれませんが、世の中には話を聞いてお金をもらう仕事は色々あります。
病気もあるので、そういう仕事や話を聞いてもらいたい人を否定する意図はまったくありません。
ただ、仕事として成立するくらいには人の話を聴く、というのはパワーを使うことだと思いますね。
ネガティヴな気持ちになる
共感力が高い人は特にそうだと思いますが、愚痴を聴いているとネガティヴな気持ちになりやすいです。
愚痴って、くどくどくどくどと聴いている、という側面があるのでモヤモヤしてしまうと思います。
これを書いているだけでもなんだか愚痴っぽく見えちゃいますね。
愚痴を言っている人の気持ちは?
基本的に愚痴は言わない方が良い派の僕ですが、ちょっと矛盾しますが完全に言わない方がいいとも思いません。
もともと自分自身が愚痴を言ってた、今でも言っているかもしれないな、とも思います。
愚痴を言う人はどう考えているのか?
どういう気持ちなのか?
これも考えてみる必要はありそうです。
- 理想と現実にギャップがある
- 他人を変えようとしている
愚痴の内容にもよりますが、こんなところでしょうか。
理想と現実にギャップがある
愚痴を言う人は、理想と現実にギャップがあると考えています。
そして、その理想が無闇に高い理想であり、言語化できていないことがあるんではないかな、と思います。
僕の経験ですが、漠然とお金持ちになりたい、と思っていました。
しかし、現実はお金持ちではありません。
毎日働けど働けど生活は楽にならず、苦しさを感じていました。
よく考えると、お金持ちの定義をしていなかったです。
いつまでにいくらあればいいのか?
お金持ちってどういう状態の人?
とかを自分なりに言語化してみたら、ちょっと楽になった気がしました。
自分の理想がぼんやりしすぎていた事が原因だったな、と思います。
他人を変えようとしている
これは僕はあまりないんですが、他人を変えようとしていると苦しいです。
会社で僕がよく聴く愚痴はだいたい人間関係の問題です。
「上司がさぁ」
「部下がさぁ」
「家族がさぁ」
と、全部人間関係ですよね?

そして、軸が他人に向いているんですよね〜。
僕は昔学んだ言葉があります。
この言葉は自分の人生の指針の一つにしているので、他人を変えようとは思わないです。
愚痴を言う人は「どうにもならないこと」をくどくどと言ってしまうので、「他人を変えようとしている」側面はあるかなぁ、と思います。
対策とアクションプラン
愚痴に対するアクションプランです。
他にも色々ありますが、僕が実践している3つです。
- 自分は愚痴を言わない
- 健全な発散方法を見つけて実践する
- 愚痴を言う人に近づかない
自分は愚痴を言わない
これは、人から見た時にどう捉えられるか?までは分からないので、もしかしたら周りには愚痴っぽい奴と思われているかもしれません。
ただ、自分自身としては愚痴を言わないようにしよう、と努めて行動しています。
お喋りや言語化は好きなので、話は冗長になりがちですが^^;
このブログも愚痴みたいにならないように気をつけながら書いています。
愚痴っぽかったらごめんなさいm(_ _)m
健全な発散方法を見つけて実践する
いわゆるストレス発散方法は、人それぞれです。
昔の僕は主にお酒で発散していましたが、これはオススメしません。
適量を適切に飲めば健全な発散になるかもしれませんが、僕は飲みすぎていたし、飲んだことでさらに自己嫌悪に陥ったりしていたので、あまりオススメできるものではないなと思います。
現在はサウナや温泉に行ったり、ランニングや筋トレなどの運動をする様にしています。
愚痴を言う人に近づかない
ネガティヴは伝染するので、基本的に愚痴を言う人には近づかないことです。
ただ、会社や家族など身近な人が愚痴を言うケースが多いので、完全に近づかないのは難しいかもしれません。
愚痴を聴いてあげることで救われる人もいるので、程度問題でもあります。
その上で基本的には愚痴を言う人には近づかない、と決めておきましょう。
そういう人だらけの飲み会には行かないことをオススメします。
愚痴を遠ざける人生へ
愚痴について考えてみました。
愚痴を言う人には近づかないで、自分は愚痴を言わない様にしようと思います。
繰り返しですが、下記の言葉を指針にすると自然と愚痴を言わなくなる気がしています。
自分ではどうにもできない他人や過去をくどくどと愚痴っても人生は良い方向にならないです。
今、これからどうするか?のマインドで前向きに取り組んでいくほうが、きっと人生は良くなるはずです。

皆さまの愚痴に対する対策や考えも教えて頂けると幸いです。
今回はここまでです。
より良い人生にしていきましょう\(^o^)/
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